従業員の健康増進に取り組む「健康経営」を推進する上で、従業員個人における健康状態の向上が期待できる運動習慣づくりの支援は重要になります。
この記事では、企業が従業員の運動をサポートすることで得られる業務上のメリットや、実際の取り組み例について解説していきます。
目次
経済産業省によると、「健康経営」とは「従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践すること」とされています。
より詳しく説明すると、従業員の健康増進や体調管理を「コスト」ではなく「投資」と捉え、企業経営に取り入れることで、企業の生産性や従業員のモチベーションを向上させ、結果的に業績アップや株価の上昇につなげていくという、両者にとって有益な経営手法です。
優れた健康経営に取り組んだ企業は経済産業省から「健康経営優良法人」として認定されるだけでなく、求職者や取引を検討している企業から「あの企業は従業員の健康を大切にしている企業だ」と社会的に評価されることになります。
出典:経済産業省|健康経営
スポーツ庁が行った調査によると、普段運動不足を感じるかという質問に対して 77.9%の人が「感じる」と回答しています。このような運動不足の状況の中で、従業員の運動不足は健康面に悪影響をもたらすだけでなく、経営上のリスクを生じさせる懸念もあります。
関連リンク:令和3年度 スポーツ庁|スポーツの実施状況等に関する世論調査
仕事中、特にデスクワークが中心の従業員は、業務時間中に一か所に留まりがちです。
自然と体を動かす機会が減り、運動不足へと繋がります。
このような運動不足から生じる従業員の健康リスクとして、下記のようなものが考えられます。
生活習慣病には高血圧や糖尿病などがありますが、悪化すると狭心症や心筋梗塞など命に係わる疾患を引き起こす可能性があります。
また、運動不足や生活習慣の乱れは、生活習慣病の発生リスクを増大させるだけでなく、一般的な疾病の発生率にも影響します。
また、運動不足による自律神経の乱れによって、気持ちが不安定化し、不安感やイライラなどを感じるようになります。不安定な精神状況においては業務に対して集中力が低下し、通常のパフォーマンスを行えなくなってしまう可能性があります。
これまでは出退勤時の徒歩での移動や階段の登り降りなどが運動不足を多少補ってくれました。
しかし、近年テレワークの普及が進んだことで、自宅で仕事を進めることも増えています。
従業員の運動はますます不足しがちになり、仕事とプライベートのメリハリが付きづらくなったことで、生活習慣も乱れやすくなっています。
企業側も従業員の運動不足や生活習慣の乱れを把握するのが難しくなりました。
そのため、テレワークを導入している企業はより一層従業員の運動習慣には気をつける必要があります。
従業員の健康リスクは、個人の問題に留まらず、企業へ影響を与えかねません。
従業員の運動不足による影響には下記のようなものが考えられます。
従業員による健康リスクでも見たように、運動不足は気分の不安定化をもたらすだけでなく、引いて労働生産性の低下にも繋がります。
気持ちが不安定化している個人のみではなく、不機嫌な状態が周囲の従業員へも影響を与え、職場自体の生産性を下げる原因にも成りえます。
また、運動不足から生じる生活習慣病や不眠症などさまざまな健康的な問題を放置しておくことにより、従業員の離職という自体を引き起こす可能性があります。
離職に発展した場合は、人手不足を招き、対策として人員補充などを行う必要が生じます。
このように従業員の運動不足は、企業全体のパフォーマンス低下といったリスクをもたらす可能性があります。
問題を放置せず早期対応を行って行きましょう。
運動不足が招くさまざまなリスクの発生を防ぐためには、企業側から従業員が運動する環境を整えていく必要があります。
従業員が日常的に運動する習慣を身につけるよう企業が促進することで、業務上でも次のようなメリットが得られます。
運動を習慣づけることで、身体が鍛えられ、病気にもかかりづらくなります。
個人のパフォーマンスが向上することにより、生産性向上が見込めます。
例えば、運動をすることで血液の巡りが良くなり、脳にも酸素が十分に運ばれます。思考が活性化し、仕事の処理能力も向上するでしょう。
筑波大学の研究によると、10分程度の軽い運動をした直後は、記憶力が向上するとされています。このように運動は従業員のパフォーマンス向上につながる重要な役割をもっています。
また、運動により自律神経の働きが正常化されることで、夜は寝つきが良くなり十分に休むことが可能です。
次の日に疲労を持ち込まないことで、より集中して仕事に取り組めるようになります。
出典:平成30年 筑波大学|短時間の軽運動で記憶力が高まる!~ヒトの海馬の記憶システムが活性化されることを初めて実証~
企業が社内レクリエーションの一環として運動会やスポーツの部活動などを実施することで、参加した従業員は同じ場所に集まります。
そこで運動中や競技中に従業員同士が話し合ったり協力したりするなどして、自然とコミュニケーションが生じます。コミュニケーションが活性化されれば、ストレスの減少やコミュニケーション不足から発生するトラブルなども抑制されるでしょう。
また、普段からさまざまな従業員と交流しておくことで、異なる部署間で業務を行う場合も、伝達がスムーズにいくといった効果も期待できます。
運動を習慣づけて体を健康に保つことで、普段から疾病を予防できます。
健康保険料と厚生年金保険料などは企業と従業員が50%ずつ負担することになっているので、従業員が健康的で病院にかかる回数が減るほど企業にも医療費の負担を減らせることができます。
従業員の健康を維持し、心身ともに安定した状態で働けることで、パフォーマンスを長期にわたって維持できるようになります。
そして従業員が「自分たちはライフワークバランスの取れた職場で働いている」と自覚することで、働くモチベーションも向上し、離職率の低下にもつながるでしょう。
そうした健康への取り組みが対外的にも伝わることで、福利厚生がしっかりした会社であると自社の評判も高まります。
従業員が働きやすい会社であるというイメージが広まれば、取引先にも好印象を与えられ、信頼関係の構築や売上の向上にもつながるでしょう。
また、より多くの就職希望者が集まるという効果も期待できます。
実際に健康経営を取り入れ、そのメリットを享受した企業や組織も多数存在します。
障がい者支援施設である「社会福祉法人大洲育成園」では、施設の利用者とともに従業員も昼食後に20分ほど歩行運動を実施する取り組みを採用しています。こうした健康経営の取り組みを発信することで地域とのコミュニケーションを促進し、また面接時での話題のひとつとして人材採用活動にも役立てています。
関連リンク:社会福祉法人大洲育成園 Webサイト
「株式会社笠間製本印刷」では、企業の社会的責任であるCSR活動の一環として健康経営を取り入れました。2019年10月には経営層がマラソン大会への参加を呼びかけるなど、従業員が運動をする機会の増進に力を入れています。こうした取り組みのおかげで、「笠間製本印刷は福利厚生がしっかりしている」という好印象も広まっているそうです。
関連リンク:株式会社笠間製本印刷 Webサイト
食生活の改善に注力する企業も存在します。
化学工業薬品の製造・販売を行う「ナガオ株式会社」では、従業員のワークライフバランス改善や健康年齢寿命の向上などを目的に、将来の健康状態が予測できるシステムを導入しています。
そして、このシステムで肥満傾向があると発覚した従業員には食生活のアドバイスを行い、意識の改善に努めています。
また、ランニング活動やソフトボール大会への参加など、運動機会の増進にも努め、ナガオ株式会社では離職率が0.5%という低水準を推移しているそうです。
関連リンク:ナガオ株式会社 Webサイト
多くのメリットがある健康経営を実現するために、具体的に企業はどのような取り組みを実施すれば良いのでしょうか。
以下では、実際に採用されている取り組みを紹介しますので、自社に合ったものを選ぶ際の参考にしてください。
社内で実施する運動会は、年齢や役職といった立場にとらわれずに、従業員を一か所に集められます。
宴会や飲み会などのように、お酒が飲めないといった人も参加して等しく楽しめる点も利点です。
そして、役職に関係なく全員が一丸となって競技に取り組むことで、立場を超えたコミュニケーションが生まれます。
競技を通じてチームワークについて考えたり、皆を引っ張るリーダーシップを発揮したりすることで、協調性や積極性を身につけることにもつながります。思わぬ従業員の適性を見つけることもあるかもしれません。
社内運動会を実施するためには、事前に場所を確保し、スケジュールを組んで従業員に周知しておく必要があります。
競技を円滑に進行するためにも、進行管理を担当する運営チームがしっかりと段取りすることが重要です。
運動が苦手な人や女性でも参加しやすいのが、社内で行うヨガやストレッチ会です。
事前の場所確保や競技の段取りが必要な社内運動会に対して、ヨガやストレッチは食堂やミーティングルームなどの広めのスペースがあれば、どこでも手軽に実施できます。
始業時刻の直前や業務終了後などに日常的に開催できる手軽さもメリットです。
事前にレッスンの時間を決めておくことで、無駄な残業を減らして労働時間も管理できます。
高度なプログラムのレクチャーを受けたい場合、講師役としてインストラクターを呼ぶ必要があります。
ただ、予算を削減したいのなら、代わりにオンラインでレクチャーを受けたり、配信されているレッスンを受けたりするなどの手段も検討してみると良いでしょう。
人間の1日の理想的な歩数は1万歩とされていますが、なかなかそれに届かないのが実情です。
そこで企業がウォーキングの重要性を従業員に知らせるとともに、万歩計アプリを導入して従業員の歩いた歩数を可視化することで、従業員の健康意識を高められます。
特別な運動をしなくてもエレベーターを使わずに階段を登り降りしたり、ひとつ遠い駅で降りて家まで徒歩で帰ったりするなど、日頃から意識することで、運動量を増やせるのもウォーキングの利点です。
企業のなかには、従業員の歩いた歩数をカウントしてポイント化し、優秀な成績をおさめた人を社内で表彰したり、ポイントで景品と交換できるといったインセンティブを導入したりするなどの制度を設けています。
このようにウォーキングを実施するための動機をつくることで、従業員自ら積極的に参加するよう働きかけると効果的です。
長時間の座り過ぎは健康上のリスクを高めます。
姿勢が固定化されることで、足の筋力が衰えて代謝が低下し、下半身の血流も悪化します。
これが心筋梗塞や脳血管疾患の危険性を増大させるほか、肥満や糖尿病などの生活習慣病も招いてしまいます。
そこで会議室にスタンディングテーブルを導入して、立ち上がった状態で会議を進めたり、昇降式のデスクをオフィスに用意して立ち作業と座り作業のどちらでも仕事を進められるようにしたりすることで、従業員が座りっぱなしになる状態を予防できます。
会議室にスタンディングテーブルを導入すれば、無駄な会議の時間を短縮して、業務の効率化が図れるという効果も期待できます。
企業が健康経営を進めていく上で従業員に日常的に運動する習慣を身につけてもらうためには、企業が率先して働きかけることが重要です。
ヨガ・ストレッチやウォーキングの促進など比較的手間をかけずに実施できるものもあるため、自社に合ったものをぜひ採用してみてください。